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2019年12月8日日曜日

ハシッテクダサイ






金属探知のゲートが鳴った。

おかしいな、カナモノは全て外したはずなのに。

どうやらズボンのポケットが反応しているようだ。


おいおい、ポケットには何も入っていないよ。
中身を裏返して見せるんだけど、でもやっぱり探知機は鳴る。



空港の職員はカタコトの日本語で僕に「ハシッテクダサイ!」

え?走るの?と思ったけど素直に従ってしまうあたりが生来のいじめられっ子たる所以かもしれない。

その場で一生懸命、走るジェスチャーをしてみせた。



カツアゲをされている気分である。
ジャンプすると小銭がチャリチャリ鳴るやつ。

「持ってんじゃねぇか、ほら早く出せよ」という筋書きだと理解した。


でもごめんなさい。本当に持っていないんです。

それでもお構いなしに職員さんは「ハシッテクダサイ!」

どんなに激しく手足を振ったって、ないものはないのに


「ハシッテクダサイ!」

「ハシッテクダサイ!」


走ってますって!

今度の設定はフルメタルジャケットですか?と思った矢先

「ポケットの中、ハシッテクダサイ!!」



!?

なんだ、「走って下さい」じゃなくて「出して下さい」ね。

それなら、サー・イエス・サー!だ。

くまなく探すとポケットの奥には銀紙のカケラが挟まっていた。

恥をかきつつ、いい汗もかいた。





空港が苦手である。
空港に入ると前後不覚に陥っていつも何かしら失敗をしてしまう。


電磁波でも出ているのか、人工的すぎる建物のせいか、
もしくは行き交う人々の上気に当てられてかもしれない。


その空港特有の、所在がなく落ち着かない感じが
旅のドキドキを更に盛り立ててくれるのかもしれないが







エアポートの為の音楽を作曲したのはブライアン・イーノだ。
この曲がアンビエントの黎明とされている。

ドイツの空港で暇を潰している時にアンビエント音楽の着想を得たと言うけれど、なんのことはない、ただ彼も空港内が落ち着かなくて、ちょっとチルアウトしたかっただけかもしれない。



今度から飛行機に乗る時はイーノを聴いて気持ちを鎮めることにする。

「ハシッテクダサイ」にもう惑わされるものか。








2019年11月23日土曜日

フィンランドのバンド。





コールドプレイというバンドを初めて知ったのは、
旅行で訪れていたヘルシンキのホテルのテレビのMTVでだ。

フィンランドのバンドスッゲー!!と早とちりした僕は翌日さっそく
いくつかヘルシンキ市内のレコードショップを回ってみたが
残念ながら彼らのアルバムは見つからなかった。

帰国後、駄目元で渋谷のタワーレコードで探してみたら
呆気ないほど簡単に見つかったのには少し驚いた。

コールドプレイがイギリスのバンドだと知るのは帰宅して
CDの封を開いてからのことである。


とても良いアルバムではあったが、
結局あまり聴かなかったのは、旅の興奮が冷めたこともあり、
またご当地バンドを掘り当てたという勘違いも抜けてしまったせいだろう。

当時の僕はインストゥルメンタルばっかり聴いていた。


現在でも活躍していることを知ってはいるが、
僕にとってのコールドプレイは、あのファーストアルバムで止まったままだ。

友人との会話の中に彼らの名前が上がり、
ふいに、約20年前の小さな勘違いがよみがえった。


ついでに、20世紀最後のクリスマスに沸くヘルシンキの街並みも思い出す。


















当時はまだアラビア社も健在であった。

近所の美術館では現在カイ・フランク展を催しているという。
懐かしい。行ってみるのもいいかもしれない。














2019年10月11日金曜日

努力と猥談






努力とは輝かしく、それだけで応援したくなるものです。

こんなにも努力が素晴らしいのは、
それは、努力が人間だけに与えられた資質であり、
努力がなければ今日の文明もなかったからかもしれません。

人類の不断の努力が、我々の叡智と能力を常に向上させているとも言えるでしょう。


さて、かく言う僕はというと面目ないことにこれまで何かに打ち込んだことも特になく、
努力を惜しみ、頑張ることを嫌がる無気力で捻くれた若者でした。

そんな僕がこれまで努力したことを敢えてひとつ挙げるとしたら、
それは恥ずかしながらも「下ネタ」を言うことです。

思春期を迎え、友だち同士のコミュニケーションに下ネタが不可欠になってさえ
僕はどうしてもセクシャルな話をするのが苦手でした。

どうしてみんな臆面もなく性的な会話が出来るのだろう?
あまつさえ明け透けに自分の性的嗜好まで明かすだなんて
羞恥心はないのだろうか?

なんて、なんて、羨ましいんだ!

僕が覚えた感情は軽蔑でなく羨望でした。

なんの鬱屈もなしに己が劣情を晒せる級友たちがとにかく晴れやかに見えて羨ましく、
人知れず僕は、少しずつ会話に加わり出来るだけ発言もする努力を始めたのです。

忘れもしません。高校三年生の時です。
受験勉強もしないで僕はスケべな会話に勤しみました。

とは言え元来その手の話が苦手な身、
恥ずかしくって級友たちのような直截な表現は出来ません。
そこで僕が取った手段は暗喩を用いて歪曲的に仄めかすという言い方でした。

考えてみて下さい。

直球一辺倒の少年野球界に、変化球投手が現れたとします。
大活躍間違いなしでしょう?

同じようにして僕の下ネタも仲間うちに喝采をもって受け入れられたのでした。

努力が培うのは技能だけではありません。
頑張った分だけ自信も一緒に育ちます。

好評に気を良くした僕はその後も粛々と発言を続け、
自信をつけながら猥談に慣れ親しんでいくのでした。

今にして思えば実に思春期らしい1コマです。
下ネタを言いたかったというよりは、きっと自分の殻を破りたかったのでしょう。

しかし反動というのは怖ろしいものです。
それまで堰き止められていた分、一度憶えると止まらなくなってしまうのですから。

カタルシスというやつでしょうか。


いちいち頰を染めていた紅顔の少年も現在では下世話な無精ひげのオジさんになりました。

もし、その手の話を愉しみたいなら、営業終了後ヒマダコーヒーにお越しください。
日中は見せない店主の顔を披露します。

とはいえ、直截的なもの言いはやっぱり苦手です。
暗喩表現に磨きがかかったばかりか、記号や象徴をも伴ない
もはや何を言っているのか分からないとの評判ですので悪しからず。


まず第一に、エロティシズムは、人間の性欲が禁止によって制限されており、そしてエロティシズムの領域が、この禁止に対する違犯の領域であるという意味で、動物の性欲とは異なるものであります。エロティシズムの欲望は、禁止に打ち勝つ欲望なのです。それは人間を人間自身に対立させます。

ジョルジュ・バタイユ



努力というのは素晴らしいものですが、
やはりその向けどころはきちんと吟味したほうが良さそうです。
もし違うところに向けていたなら今ごろ

いえ、お陰で仲間とゲラゲラ出来ました。
これも努力が生んだ大切な財産です。





















2019年9月24日火曜日

蜘蛛の糸




初めて金縛りに遭ったのは小学生の時だった。
覚えていないけど、たぶん高学年の頃。

夜中、ふと目を覚ましたら何か変な感じがして、
そしてそのまま動けなくなった。

今となってはあれが神経の働きか、
もしくは幽霊の仕業なのかは分からない。

けれどもその時はめちゃくちゃ怖くて、
ひたすら眠っているフリをしながら
気配が過ぎ去ってくれるのを待っていた。

きっと熊に遭遇しても同じことをしただろう。


金縛りに遭うような云われはない。
ただ、一点あげるなら、その日たまたま家の中に出た大きな蜘蛛を
シッシッと追い払ったことに思い至る。

蜘蛛→ → 縛る→ 動けないという連想から
どうもあの蜘蛛をいじめたことに原因がある気がして、
その日以降、僕は蜘蛛に優しく接するようになった。

比較的生きもの全般に優しい方だが、
今でも取り立てて蜘蛛に親切なのは、
きっとそのことがそのまま習慣になっているのだろう。


そういえば芥川龍之介に『蜘蛛の糸』という短編がある。
地獄に落ちた悪人カンダタが、生前に一度だけ蜘蛛を助けたことから
仏に救いの手を差し伸べてもらえるという話だが、

カンダタにさえ蜘蛛の糸が一本垂らされるのだ。
僕だったら一本と言わずに何本かまとめて垂らして貰えるんじゃないかと
いやらしい打算をしている時点で、救いようがないのかもしれない。


なんと、現代の科学力をもってしても、
細さ×軽さ×強度の点で蜘蛛の糸を上回る繊維は存在しないという。
さまざまなメーカーが人口の蜘蛛の糸を開発するのに躍起だとか。

つまり、一攫千金のチャンス!


死後に垂らしてくれだなんて、都合のいいことはもう言わない。
自分で吊り下がる糸は自分で作る。
なので、仏さまにはどうか蜘蛛の糸の人口レシピを教えていただきたい。
いちおう特許権も貰っておきたい。

今後とも蜘蛛には優しくするゆえ、
どうかご利益の便宜をはかってはくれまいか。

だって、僕はいま文字通りの金縛り(かねしばり)、
もとい貧乏に身をすくめられているのだから。























2019年9月1日日曜日

マニトバとくびなが竜 ー あるいは僕のセンスがよくないことについて





Rとは仲の良い友人だった。

友人だった…と過去形で表すのは、
ここ何年も 連絡を取り合っていないからで、
気持ちの上ではもちろんまだ友人だ。
彼は今 他県に暮らしている。

二人とも音楽好きということあり、
彼の提案でDJユニットを組もうという話になった。

相手のかけた曲の尻を継いで、
交互に選曲し合っていくという趣向だ。

ちょっとしたイベント会場などが
活躍の場になるだろう。

あまり人の集まる場所が得意でなく、
人前に出るのも苦手な僕だけど、
友達と一緒だったら勇気も湧くというもの。

いいね いいねと話はトントン拍子に拡がり、
早速ユニット名を決める段だ。

せぇので、お互い候補を挙げる。

僕が提案したのは "くびなが竜"
特に意味はない。ただその場での思いつきだ。
センスがないと叱られる。

彼が挙げた名前は "マニトバ"
何でも夢に龍が出て来て 
「 マ・ニ・ト・バ 」と彼に告げたことに由来するそうだ。

マニトバとはカナダの地名であるが、
それは初耳だったらしい。

また当時マニトバという名義のミュージシャンが
活動していたのだが、それも知らなかったらしく、

彼にとっての“マニトバ”とは固有名詞でなく、
託宣による祝詞やマントラのようなものであったようだ。

名前の一部に"龍"の字を持つ彼のこと。
きっと龍とは何かしらの宿縁があるのだろう。

ちなみに彼の構想によると、
我々のほうの“マニトバ”は二人してキツネの能面をつけて
パフォーマンスを行う予定だそうで、
恥ずかしがり屋な僕にとってそれは奇矯が過ぎた。

結局、音楽性の違い以前に
ネーミングや演出センスの相違により、
我々のDJユニットは結成以前に暗礁に乗り上げた。

その晩、調べものが趣味の僕は改めてマニトバについて調査をしてみる。

なになに、
マニトバ州のマニトバ湖にはネッシーのような怪獣がいるらしく、
有名な未確認生物オゴポゴにあやかって、マニポゴと呼ばれている!?

これだ!!
まさか、“マニトバ”と“くびなが竜”がここで繋がるとは。



興奮のまま早速 彼に電話をかける。

Trrrr

「おい、R! 僕たちのユニット名は“マニポゴ”だ!」


「やだよ。ださいもん。やっぱ、 お前、ネーミングセンスないのな。」


……


はい。今もネーミングセンスないままです。
ヒマダコーヒーって、素っ頓狂な名前のカフェやってます。




ここでひとつ謎かけを。

ヒマダコーヒーと掛けまして、くびなが竜と解きます。

そのこころは、
皆さまのお越しを、首を長くしてお待ちしております。

えへへ、どうやらギャグセンスもない模様。









追記:

この記事を書き上げてすぐ、Rとバッタリまさかの再会を果たした。
再会を寿ぎつつも、何年ものブランクを感じずお喋りできるのは、
冒頭でも伝えたように、僕らが友人だからだ。

奇縁とは面白いものである。


















2019年4月14日日曜日

ジャンゴと往こう




沖縄の道をのんびり車で走るのは愉快なものである。

当時僕ら二人ともペーパードライバーで、
お互いの運転にヒヤヒヤ肝を冷やしていたとしても、だ。



そもそもの始まりはTからの電話だった。

「ジンベイザメ見に行かない?」といきなり聞いてくるので
「うん、いいよ」と応えたら、

「じゃあ、明後日、那覇空港に集合ね」とのこと。

そういう奴だ。

呆れていてもしょうがない。
まずは急いで航空券を手配しなくては。


        


那覇には違う便で着いた。
1時間ほど先に到着していたTと合流し、
そこから先はレンタカーでの移動になる。

旅の支度をきちんとする時間は殆どなかった。
着の身着のままといった態だ。

けれども数日間のドライブを見越してだろう、
二人ともCDだけは十分に持参してきた。

車での移動は、
初めての沖縄にキョロキョロしたり、
思わぬ寄り道をしてみたり、
やっぱり互いの運転にヒヤヒヤしたりしながらも、
同時にドライブに最高に合うBGM探しの時間でもあった。



僕は普段、あまりヴォーカルの入った曲は聴かないけれど、
車中では結構歌ものが好きである。

街なかを走る時は歌うに限る。
歌って、気勢をあげるのだ。

その時もあれやこれやと、
通常は絶対に聴かないようなJ-POPまで用意したものである。


けれども暢気な道行きに気勢はいらない。

道中、僕らが選んだ車内BGM大賞はジャンゴ・ラインハルトと相成った。

悠々とした沖縄の道に、気楽な2人の旅の空。
ジャンゴのギターがよく似合う。

僕らを運ぶ自動車さえもが、なんだか幌馬車のように思えてきたぞ。

ジプシー気分でさぁ進もう!てなもんである。


今でも愉快な行楽にはジャンゴ・ラインハルトをよくかける。






そうそう、当初の目的であるジンベイザメ。

僕はてっきり野生のものが観察できるのかと思っていたけど、
まさか水族館だったとは。とは言えガラス越しのジンベイもいいものだ。


師匠の始めたカフェ、波羅蜜への挨拶もしたいし、
ジャンゴ聴きつつまた沖縄に行きたいものである。