2018年9月10日月曜日

お休みのお報せ







ヒマダコーヒー

9/11(火)〜9/14(金) お休みを頂きます。

直前のお報せになってしまいましたが、
どうぞ宜しくお願いします。


2018年8月27日月曜日

風土病




8月最後の週末を迎え、
妙にそわそわ。気もそぞろ。

何かやり残しがあるような、
忘れものがあるような…

それは僕だけでなく、
僕の周囲もおんなじようだ。

過ぎ往く夏に対して
慌て、ふためいてしまうのは、

つまるところ、これは一種の風土病なのかもしれない。

海のまち 特有の現象だ。



あといくつかの夕日を見送れば
夏の熱射も鎮まるだろう。

9月になれば誰もが惚け途方に暮れる。

これも毎年 見慣れた光景だ。



日暮れのビーチハウスには
いつもの貌、知っている貌、懐かしい貌、嬉しい貌、
挨拶したり、握手をしたり、お喋りしたり、再会を寿いだり。


終わり往く夏に慌てふためた面々だ。
みんな風土病に冒されて、めいめい夏の回収にいそしんでいる。

海のまちには特有のそぞろ神がいて、僕らのこころを惑わすみたい。



夏っていいなとしんみり思う。

こんな僕にも、しっかりそぞろ神のまじないがかかっているのだ。
この風土病はそわそわするけど、あたたかくて面白い。



2018年8月17日金曜日

BRUSH THE SAND OFF YOUR FEET





海からの方、
足元の砂は払われましたか?
ズボンの折り返しは確認されましたか?

店内に砂を運び込まぬよう
ご協力くださいね。


さぁ、残りわずかな夏を愉しみましょう。



2018年8月15日水曜日

笑うお菊






一枚、二枚、三枚、と皿を数えていくのだから、
まるで『番町皿屋敷』のお菊のようだ。

この怪談にはいくつかパターンがあるのだが、
おおむねは お菊という女性が化けて井戸から出るというものである。

そして皿の数を数えては
「一枚 足りない… うらめしや…」と嘆くのだ。

なんでも家宝の皿を割ってしまい、
手打ちにされた可哀想な女中だとか。




さて、お世話になっている うつわ屋さんの計らいで、
何枚か欲しいけれど、まとめては買えない器を、
月に一枚ずつ買い足しさせて貰っている。

必要分を長期で取り置きいただいているのだ。

僕だって恨めしい。
この貧しさが “うらめしや” だ。
ポンとまとめて購入できたらどんなに愉快だろうか。

けれども足りないことを嘆いていても仕方がない。

それよりかは、一枚、二枚、三枚と、
少しずつ増えていく悦びを大切にしよう。

僕は、笑って皿を数えていきたい。

ここはヒマダコーヒーという小さな喫茶店。
もしくは葉山町の皿屋敷である。

















2018年8月13日月曜日

お盆と優柔不断な先祖霊




あの世が気になる。

人は死ぬとどうなるのだろうか?
あの世の仕組みはどうなっているのだろうか?

興味は尽きない。


さて、世間はお盆の期間に入った。

先祖の霊が帰ってくるという盆であるが、
では彼(彼女)らは、どういったルールに従ってお盆の帰省を果たすのか。

ましてやお盆は日本固有の風習である。
死者はあの世でも生前の習慣に従うのだろうか。

やはり興味は尽きない。

お盆の時期も地方により異なるもの。
たとえば我が家は、新盆(七月盆)の家系だ。

「うち、新盆なんで、お先に行ってきます!」という具合で霊が自ら申告するのか。
もしくは自由に行けるのか。


優柔不断な霊だと、新盆(七月)と旧盆(八月)、
どちらに帰っていいのか分からなくなるかもしれない。
実家は新盆だけど、嫁ぎ先は旧盆だったしな…ということもあり得るだろう。

実は新盆と旧盆の間に、魂らしきものを二度ほど見かけている。
新盆には遅く、旧盆には早い時期にだ。

一度目は家で、光線のようなもの。
二度目は実家で、バレーボールくらいの青い光球。

もしかしたらご先祖もいつ帰ればいいのか分からなくて、
新盆と旧盆のちょうど間をとったタイミングを選んだのかもしれない。

だとしたら微笑ましい。



ちなみに僕に霊感というものは全くない。
だが、こういう光は近ごろたまに見る。

これもまた不思議である。
やはりいろいろ興味は尽きない。













2018年8月11日土曜日

誕生日の子どもたち





本日8月11日 (山の日) は友人Mちゃんの誕生日である。

人のバースデイを憶える質でもない僕だけど、
なぜそれを知っているかと云えば、僕の誕生日が8月9日だからなのだ。

8月の9日、10日、11日と、
あいだにスヌーピーを挟んでバースデイが続いていると僕たちはお互いに記憶している。

スヌーピーは8月10日生まれなのである。




さて、1日違いと云えばこんなエピソードがある。

中学 高校の同級生にNという男がいた。
いつも一緒という程の仲でもなかったが、
毎年誕生日には家に電話をかけてきてくれるいい奴だった。

(当時まだ携帯電話は普及していない)

ただし、どういうわけか例年「誕生日おめでとう!」と電話が来るのが
7月8日なのだ。

気持ちはありがたいが、けれどもいつも ひと月と1日ずれている。

はじめはよく分からなかったが、何年か続いて気付いたことは、
8、9という数字の順列を彼は7、8と間違えて憶えているようなのだ。

それが毎年続くのである。愉快な男だ。

7月8日ではなくて、8月9日だよ。
君はいつも ひと月と1日ずれているよ。

よくよく説明した翌年、
彼が電話をくれたのはなんと、6月7日のことだった。

愉快な男である。



僕らの日常はちょっとした勘違いの累積で成り立っている。
日取りや曜日の間違いなどよくある事だ。

あまり迷惑はかけたくないし、被りたくもないが、
とはいえ日時が完璧に管理された世の中も窮屈なものだ。

かく言う僕も、Mちゃん夫妻の結婚パーティの日を1日間違えて
すっぽかしてしまったのはかれこれ何年前のことだったか…

土下座をしたのはあれが最後だったと記憶している。



さて、先日で齢40になった。

世間では40歳を 不惑 と呼ぶ。
「四十にして惑わず」という孔子の言葉に倣ってだ。

とは云え不惑を迎えた僕に至っては、
一向に惑わぬということもなく、
あいも変わらずうろうろ惑い続ける日々である。

この性分はきっと生涯変わらないだろう。
日時へのルーズさもきっといつまでも直らぬことだろう。


そういえば自分の結婚式の日にちすら間違えたのは、
大人になった野比のび太だったか。

ちなみに彼の誕生日は8月7日である。




追記

今夜は結局、Mちゃん家族と海で過ごした。
もちろんお互いにハッピーバースデイを言い合って。

また今日は行く先々で本当に多くの人と出くわした。
愉快な夏の日だ。



  …  …  …


そこではすべてのものがダンスをしております。
たとえば人々が通りでダンスをしていて、
何もかもが美しくて、
たとえば誕生日の子どもたちのようなところです。


トルーマン・カポーティ 『誕生日の子どもたち』より




2018年8月9日木曜日

最期の一杯




Iさんというミュージシャンが居ました。

僕は夏のあいだ、海の家に併設されたコーヒーショップで働いていたことがあり、
その時分には、そのショップのリーダーでもあったIさんに、大変お世話になりました。

彼の病気が判明したのは、その夏が終わってからのことです。
確かに、夏のあいだも少し具合が悪そうだったのです。

癌でした。

様々な療法を試みたようですが、
残念ながら病はIさんの身体を刻一刻と侵していきます。

彼を応援する為の音楽イベントが興されたのはそんな折のことでした。

それまで彼が主催していた屋外イベントを、彼の周辺人物たちが引き継いだのです。
励まし、またその収益を彼の治療費にカンパするのが主な名目でした。

親交のあるミュージシャン達が次々にステージに上がり演奏をしていきます。
お客さんの入りも上々。なかなかの 盛り上がりを見せています。

僕はその会場に、上記のコーヒーショップメンバーとして仲間と共に参加しました。
屋外への出張出店です。

お陰さまでコーヒー屋も盛況となり、
長蛇の列とは言わないながらも、お客さんが途切れることはありません。

きっと訪れてくれる人たちは、ただコーヒーが飲みたかったという以上に、
“Iさんのコーヒー”が飲みたかったのはないでしょうか。
ドリップするのは我われ代打ながらも、そこにあるのは彼のコーヒーショップであり、
彼のブレンドだったからです。

揚々とそこに並ぶ人たちを見て、
やはりコーヒーは技術や理屈だけではないのだなと
改めて気付かされるものがありました。

何故なら、実は僕からすると、
Iさんはコーヒーを淹れるのがあまり上手な人ではなかったからです。

力強い…もしくは野生的とも言えますが、
えぐみがかった、雑味の多いコーヒーを、搾り切るように淹れる人だったのです。

    そのこともあって、何処か彼に対し生意気な態度をとっていたのではないかと思うと、
    今でも少し恥ずかしさを覚えます。

しかし、その日のコーヒー屋を訪れる人たちには、そんなこと関係なかったのでしょう。
彼らが求めていたのは利巧なコーヒーではなく、
大好きな仲間の、心のこもったコーヒーだった筈だからです。


痩せ衰えた身体を引きずるようにしてIさんが会場に現れたのはそんな時です。
それまで彼が来れるかどうかすら不明だったのです。
しかし悲しいかな、その立ち姿には明らかな死相が浮かんでいました。

それでも彼は友人たちに囲まれてとても幸せそうに見えます。
そして暫くのあいだ全く飲んでいなかったというコーヒーを
事あるごとに注文してくれたのです、何杯も何杯も。

少しでも考えれば分かることだった筈です。
死相が浮かんだ人間が、衰弱を押して飲むコーヒーの一杯一杯の重みが。

その後の人生 何百何千杯と、漫然と飲むであろう僕たちとは訳が違います。

けれども、その時の僕は次々に入る他の注文に煽られて、
彼の為にと特別の思いを込めることなく、ただ流れ作業をこなすようにドリップをし、
多少のバツの悪さを感じながらも、仕方なしとばかりにそれをIさんに渡していました。
その一杯が彼の最期のコーヒーになるかもしれなかったのに。

それから彼はステージに上がり
残された魂を全て使い果たすかのような圧巻のライブパフォーマンスを
僕たちに見せてくれました。
力のこもったその歌声はとても死期の迫った人のものとは思えません。

そして歌い終わると崩れるようにして、
付き添われながらその会場を去っていったのです。
文字通り、力尽きたという様子でした。

彼が息を引き取ったのはその幾日か後だったと思います。
なんでもそのライブの後そのまま昏睡状態に陥り、
目覚めることなく他界していったという話です。

(格好いいでしょう?)


本物のミュージシャンでした。


そしてコーヒーが好きな人でもありました。

彼の最期のコーヒーを淹れたのはきっと僕です。
おざなりな気持ちで淹れたコーヒーです。

そのことを思う度、今でも反省の思いが心の裡に呼び起こされます。


残念ながら一杯ずつのコーヒーに全身全霊を傾けることは出来ません。

職業として現場に立つ以上、それでは身が持ちません。
真剣に臨みつつも、肩の力を抜くことも大切です。

そしてもちろん、美味しくなければなりません。

そういった次第では、やはり技術や知識、それに経験も非常に重要だと思います。
けれどもそれらの上に胡座をかいて おざなりに淹れていたのでは本末転倒です。

一杯ずつ丁寧に。心を込めて。
その人の特別な一杯の為に。

それが僕がIさんの最期の一杯から得た教訓です。

とは言え実際 いま自分がどこまでそういう気持ちで日々ドリップポットを
握れているかは分かりません。怪しいものです。

それでも一杯毎、
心を込めて提供出来るよう これからも精進していきたいと思っています。

いい加減に淹れたコーヒーでオサラバだなんて、寂しいですもの。



コーヒーを淹れるのがあまり上手な人ではありませんでした。

それでも紛れもなく、彼は僕の先生です。
大切なことを示し、そして気付かせてくれたのですから。

あれから4年が経ちました。
彼の冥福を祈ります。