2019年10月30日水曜日

ブラックバード





船頭を雇って1日ボートツアーを楽しんだ。


オオバンケン、
カワリサンコウチョウ、
キタタキ、
チャイロオナガ、
コウライウグイス、
オオカワセミ、

その他たくさん

今でもインド南部の街アレッピーの水路を思うと僕はうっとりしてしまう。
景観もさることながら、なんと野鳥が豊富だったことか。

その日だけでもたいへん多くの鳥を観察できた。
なかでもとりわけ僥倖だったのがクロウタドリとの出逢いである。

ヨーロッパではさして珍しくない鳥であろうが、
お目にかかるのは初めてだった。

ビートルズに『Black Bird』という曲があるが、
あれはクロウタドリのことである。

見てみたかった鳥なので当然ヤッターと思った。
それからK君を思ってエヘンと自慢する気持ちになって、それから少し寂しくなった。

彼とは学生時代からの親友だったが、ちょっとした齟齬がもとで友情が途絶えていたのだ。

『Black Bird』が好きで、それがこうじてクロウタドリも好きなやつだった。

自慢してやりたいのに自慢する相手がいないのはつまらない。



嬉しいことがあると直ぐ彼に報告していた。
トラブルさえなければクロウタドリを見たことも真っ先に報告していただろう。
けれども上記のように報告と自慢は紙一重である。

思うに、友情に甘えていたフシがあるのではないか。



『Black Bird』は夜の闇の中を折れた翼で、それでも光を目指して飛ぼうとする鳥の歌だ。

僕の場合、友だちを失ったからといって、そこまで悲壮にはならない。
心にしこりを残しつつも比較的淡々としていられる。

けれども歌詞にある通り、“その時が来るのを待っていた”ところはあるだろう。


10年ぶりくらいか。
この度、K君との関係を修復することが出来た。
と言っても、僕はなにもしていない。待ってただけだ。

働きかけてくれた彼の勇気に感謝したい。
実はスゲー嬉しい。



お互い環境の変化なども色々あったろう。
積もる話をゆっくり分かち合っていければと思う。
クロウタドリのことも話したい

 なぜって、クロウタドリは春を知らせてくれる鳥なのだから。



僕らのあいだの雪も解けた。
僕らは結局、ジョンとポールのようなものなのだと、
今はキザにまとめておこう。






















2019年10月28日月曜日

Don’t Think Twice






湿った別れは好きじゃない。

どうせオサラバするなら笑えるくらい愉快で滑稽なほうがいい。

泣いて別れを惜しむより、笑ってアバヨと逃げ去りたい。

Dont Think Twice 

直訳すると“2度考えるな”だが、慣用的には“クヨクヨするな”という意味合いになるそうだ。

Don’t Think Twice.It’s Alright 』は別れを歌ったボブ・ディランの曲である。

“クヨクヨするな。これでいいんだよ”

一説によるとこの曲は恋人との別れに見立てながら本当はそれまでの自分との決別を歌ったものだともいう。

僕も常に自分を刷新したいせいだろうか、この曲を聴くとグッと感極まって泣きそうになるのだが、この歌のメッセージは“Dont Think Twice”、“クヨクヨするな”だ。

やはりハチャメチャなくらい陽気で明るい方がいい。

そのせいか僕はボブ・ドローによるカヴァー曲の方がさらに好きである。






サヨナラに際して男の繊細さや未練が透けて見えるディランの歌に対してドローの歌う『Don’t Think Twice』は“この人ふざけてるのかな?”というくらい陽気で軽快なのだが、そこがなんとも言えず粋でチャーミングなのだ。

(クラリスの心を盗んで逃げていくルパン三世のようと言えば分かりやすいだろうか?)


別れにメソメソしたくない。笑って“アバヨ!”とお道化たい。

これから先、自分を棄てねばならないことや辛い別れなどもあるだろうが、そんな時にはドローの歌を頼りに僕は“オサラバ”洒落込もうと思うのであった。





ボブ・ドローが昨年死去したことをただ今知った。
享年94歳。

Dont think twice』を個人的な葬送曲として手向けよう。















2019年10月17日木曜日

喋っちゃいけない訳じゃない




当店もオープンして3年が経ちました。
その間一度も顔を見せない友人知人も沢山いますが
まさかそれを非難するわけにはいきません。

店の利用なんてものは一寸したタイミングと切っ掛けだったりしますし、
僕だって顔を出していない場所が沢山あります。

ただし、いちおう是正したいのが たまに言われる
「だってヒマダコーヒーって喋っちゃいけないんでしょ?」という誤解です。

実際、店内ではお閑かにとお願いしております。
賑やかなお喋り向けの店ではないのですが
しかし決して喋っちゃいけない訳ではありません。

本当は存分にご談笑いただければ良いのですが、
残念ながらヒマダコーヒーは店舗が狭く、声がよく響く空間となっております。

もし誰かのお喋りによって、他のお客さまがウルサイなぁと思ってしまったら、
それはとても悲しいことです。

本を読みに来たのに、ゆっくり考えごとをしに来たのに、
ほっとひと息つきに来たのに、
他所の声がうるさくてそれが台無しになってしまうなんて、
そんなことはあってはなりません。

閑かに過ごしていただくという約束は、皆が落ち着いて過ごせるよう、
最大公約数的な “良い時間” を求めた結果のお願いです。

どうか周囲への配慮をお忘れなきよう、
他の方の安寧にこころを配りつつ、ご歓談いただければと思います。

(それに閑かにするって、気持ちが良いでしょう?)

決して喋っちゃいけない訳ではありません。
店主もお客さまとお話しするのが大好きです。

ゆっくり、言葉を噛み締めながら、豊かな会話を楽しみましょう。


和敬清寂

皆がお互いをリスペクトし合い、清らかな良い場が作れたら素敵です。
また僭越ながら、それこそが店主の夢なのです。
















2019年10月16日水曜日

パタゴニアのトート






パタゴニアのブラックホール生地のトートバッグ。

(写真は旧モデル)

軽量で頑丈。防水。
生地に張りがあるので物も収納しやすい。
加水分解も起きにくそうだ。

旅行用のサブバッグとしては少し嵩張るけれど、
毎日の買い物や海でのレジャーなどには凄くいい。

ご覧の通り、10kgを容れても平気なヘビーデューティ。

もともと息子が生まれた時に
お出かけ用として買ったもの。

でもそれって、こういう意味じゃないんだけど

ともあれ息子も気に入っている様子。
ブランコとしても便利らしい。





お休みと開店遅延のお知らせ。





ヒマダコーヒー
10/17(木)の coffee & quiet はお休みとさせて頂きます。

また仕出しのため10/18(金)、19(土)の開店時間が少し遅れるかもしれません。
詳細はまたご報告いたします。


2019年10月11日金曜日

大事なことは、たちつてと





まだ少し早いけど、
息子に読み聞かせようと
実家から持ち帰った
ぐりとぐら何冊かです。

小難しい本も読まなくはないけれど、
どんな文豪や哲学者より
僕がいちばん尊敬するのは
野ねずみのふたごの兄弟
ぐりとぐらです。


久しぶりに声に出して読んでみて、
はからずも初心というものを取り戻しました。
知らぬ間に忘れていたようです。

残念ながらもやはり、
1歳児の関心を引くことは出来ませんでしたが…



たいせつなもの
ちず
つめきり
てぶくろ
とけい


これはどんな箴言や名シーンも及ばない。
僕がいちばん好きなページです。






努力と猥談






努力とは輝かしく、それだけで応援したくなるものです。

こんなにも努力が素晴らしいのは、
それは、努力が人間だけに与えられた資質であり、
努力がなければ今日の文明もなかったからかもしれません。

人類の不断の努力が、我々の叡智と能力を常に向上させているとも言えるでしょう。


さて、かく言う僕はというと面目ないことにこれまで何かに打ち込んだことも特になく、
努力を惜しみ、頑張ることを嫌がる無気力で捻くれた若者でした。

そんな僕がこれまで努力したことを敢えてひとつ挙げるとしたら、
それは恥ずかしながらも「下ネタ」を言うことです。

思春期を迎え、友だち同士のコミュニケーションに下ネタが不可欠になってさえ
僕はどうしてもセクシャルな話をするのが苦手でした。

どうしてみんな臆面もなく性的な会話が出来るのだろう?
あまつさえ明け透けに自分の性的嗜好まで明かすだなんて
羞恥心はないのだろうか?

なんて、なんて、羨ましいんだ!

僕が覚えた感情は軽蔑でなく羨望でした。

なんの鬱屈もなしに己が劣情を晒せる級友たちがとにかく晴れやかに見えて羨ましく、
人知れず僕は、少しずつ会話に加わり出来るだけ発言もする努力を始めたのです。

忘れもしません。高校三年生の時です。
受験勉強もしないで僕はスケべな会話に勤しみました。

とは言え元来その手の話が苦手な身、
恥ずかしくって級友たちのような直截な表現は出来ません。
そこで僕が取った手段は暗喩を用いて歪曲的に仄めかすという言い方でした。

考えてみて下さい。

直球一辺倒の少年野球界に、変化球投手が現れたとします。
大活躍間違いなしでしょう?

同じようにして僕の下ネタも仲間うちに喝采をもって受け入れられたのでした。

努力が培うのは技能だけではありません。
頑張った分だけ自信も一緒に育ちます。

好評に気を良くした僕はその後も粛々と発言を続け、
自信をつけながら猥談に慣れ親しんでいくのでした。

今にして思えば実に思春期らしい1コマです。
下ネタを言いたかったというよりは、きっと自分の殻を破りたかったのでしょう。

しかし反動というのは怖ろしいものです。
それまで堰き止められていた分、一度憶えると止まらなくなってしまうのですから。

カタルシスというやつでしょうか。


いちいち頰を染めていた紅顔の少年も現在では下世話な無精ひげのオジさんになりました。

もし、その手の話を愉しみたいなら、営業終了後ヒマダコーヒーにお越しください。
日中は見せない店主の顔を披露します。

とはいえ、直截的なもの言いはやっぱり苦手です。
暗喩表現に磨きがかかったばかりか、記号や象徴をも伴ない
もはや何を言っているのか分からないとの評判ですので悪しからず。


まず第一に、エロティシズムは、人間の性欲が禁止によって制限されており、そしてエロティシズムの領域が、この禁止に対する違犯の領域であるという意味で、動物の性欲とは異なるものであります。エロティシズムの欲望は、禁止に打ち勝つ欲望なのです。それは人間を人間自身に対立させます。

ジョルジュ・バタイユ



努力というのは素晴らしいものですが、
やはりその向けどころはきちんと吟味したほうが良さそうです。
もし違うところに向けていたなら今ごろ

いえ、お陰で仲間とゲラゲラ出来ました。
これも努力が生んだ大切な財産です。