2018年3月23日金曜日

太陽を汲み尽くせ




ものを買うことは
喜びであると同時に、
課せられた呪いでもある。

僕らは消費社会のくびきの下で
祝福され、また呪詛されながら暮らしている。

かつてジョルジュ・バタイユは
人間の経済活動の本質を蕩尽と捉え、
無限に降り注ぐ太陽光を汲み尽くすことこそが
究極の目的であるとした。

太陽エネルギーは汲んでも尽きぬから
ただ汲み続けるしか手立てがない。

彼はその論文に“呪われた部分”と名を付けた。

僕の無駄遣いの本源が
そのように大仰なものかは分からぬが、

いつもの懐具合との葛藤が、
太陽との格闘だったのだとすれば少しは気分がいい。

どのような形であれ、
常に太陽を感じていられるからだ。

ちょっと街まで太陽を汲みに。
そう言い換えれば、少しは買い物の罪深さも免れるかしらんが、

何はともあれこの社会、消費なくしては生きていけない。
人が太陽なくして生きられないのと同様に。

まだ暫く、この呪いが解けることはないだろう。
それならばせめて優しくて気持ちのいい消費をしたいと思う。

商売をする身として、

お客さまにそう思って代金をお支払い頂ければ、また光栄である。


さて、春の陽ざしが気持ちいい日々は同時に、
確定申告を終えて安心と猛省の日々でもある。

ブログの内容も経済のことになるというもの。


最後に詩人・山之口貘の言葉を添えて、
僕の自己紹介としておこう。


僕ですか?
これはまことに自惚れるようですが
びんぼうなのであります

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