2018年8月9日木曜日

最期の一杯




Iさんというミュージシャンが居ました。

僕は夏のあいだ、海の家に併設されたコーヒーショップで働いていたことがあり、
その時分には、そのショップのリーダーでもあったIさんに、大変お世話になりました。

彼の病気が判明したのは、その夏が終わってからのことです。
確かに、夏のあいだも少し具合が悪そうだったのです。

癌でした。

様々な療法を試みたようですが、
残念ながら病はIさんの身体を刻一刻と侵していきます。

彼を応援する為の音楽イベントが興されたのはそんな折のことでした。

それまで彼が主催していた屋外イベントを、彼の周辺人物たちが引き継いだのです。
励まし、またその収益を彼の治療費にカンパするのが主な名目でした。

親交のあるミュージシャン達が次々にステージに上がり演奏をしていきます。
お客さんの入りも上々。なかなかの 盛り上がりを見せています。

僕はその会場に、上記のコーヒーショップメンバーとして仲間と共に参加しました。
屋外への出張出店です。

お陰さまでコーヒー屋も盛況となり、
長蛇の列とは言わないながらも、お客さんが途切れることはありません。

きっと訪れてくれる人たちは、ただコーヒーが飲みたかったという以上に、
“Iさんのコーヒー”が飲みたかったのはないでしょうか。
ドリップするのは我われ代打ながらも、そこにあるのは彼のコーヒーショップであり、
彼のブレンドだったからです。

揚々とそこに並ぶ人たちを見て、
やはりコーヒーは技術や理屈だけではないのだなと
改めて気付かされるものがありました。

何故なら、実は僕からすると、
Iさんはコーヒーを淹れるのがあまり上手な人ではなかったからです。

力強い…もしくは野生的とも言えますが、
えぐみがかった、雑味の多いコーヒーを、搾り切るように淹れる人だったのです。

    そのこともあって、何処か彼に対し生意気な態度をとっていたのではないかと思うと、
    今でも少し恥ずかしさを覚えます。

しかし、その日のコーヒー屋を訪れる人たちには、そんなこと関係なかったのでしょう。
彼らが求めていたのは利巧なコーヒーではなく、
大好きな仲間の、心のこもったコーヒーだった筈だからです。


痩せ衰えた身体を引きずるようにしてIさんが会場に現れたのはそんな時です。
それまで彼が来れるかどうかすら不明だったのです。
しかし悲しいかな、その立ち姿には明らかな死相が浮かんでいました。

それでも彼は友人たちに囲まれてとても幸せそうに見えます。
そして暫くのあいだ全く飲んでいなかったというコーヒーを
事あるごとに注文してくれたのです、何杯も何杯も。

少しでも考えれば分かることだった筈です。
死相が浮かんだ人間が、衰弱を押して飲むコーヒーの一杯一杯の重みが。

その後の人生 何百何千杯と、漫然と飲むであろう僕たちとは訳が違います。

けれども、その時の僕は次々に入る他の注文に煽られて、
彼の為にと特別の思いを込めることなく、ただ流れ作業をこなすようにドリップをし、
多少のバツの悪さを感じながらも、仕方なしとばかりにそれをIさんに渡していました。
その一杯が彼の最期のコーヒーになるかもしれなかったのに。

それから彼はステージに上がり
残された魂を全て使い果たすかのような圧巻のライブパフォーマンスを
僕たちに見せてくれました。
力のこもったその歌声はとても死期の迫った人のものとは思えません。

そして歌い終わると崩れるようにして、
付き添われながらその会場を去っていったのです。
文字通り、力尽きたという様子でした。

彼が息を引き取ったのはその幾日か後だったと思います。
なんでもそのライブの後そのまま昏睡状態に陥り、
目覚めることなく他界していったという話です。

(格好いいでしょう?)


本物のミュージシャンでした。


そしてコーヒーが好きな人でもありました。

彼の最期のコーヒーを淹れたのはきっと僕です。
おざなりな気持ちで淹れたコーヒーです。

そのことを思う度、今でも反省の思いが心の裡に呼び起こされます。


残念ながら一杯ずつのコーヒーに全身全霊を傾けることは出来ません。

職業として現場に立つ以上、それでは身が持ちません。
真剣に臨みつつも、肩の力を抜くことも大切です。

そしてもちろん、美味しくなければなりません。

そういった次第では、やはり技術や知識、それに経験も非常に重要だと思います。
けれどもそれらの上に胡座をかいて おざなりに淹れていたのでは本末転倒です。

一杯ずつ丁寧に。心を込めて。
その人の特別な一杯の為に。

それが僕がIさんの最期の一杯から得た教訓です。

とは言え実際 いま自分がどこまでそういう気持ちで日々ドリップポットを
握れているかは分かりません。怪しいものです。

それでも一杯毎、
心を込めて提供出来るよう これからも精進していきたいと思っています。

いい加減に淹れたコーヒーでオサラバだなんて、寂しいですもの。



コーヒーを淹れるのがあまり上手な人ではありませんでした。

それでも紛れもなく、彼は僕の先生です。
大切なことを示し、そして気付かせてくれたのですから。

あれから4年が経ちました。
彼の冥福を祈ります。

































1 件のコメント:

  1. そのときどんな気持ちで淹れたとしても、そのときのヒマダさんのベストだったと思います。

    思うようにできなくても、コンディションが悪くても、そのときその状態でできることをみなさん精一杯やっているんじゃないかなぁと思っています。

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