2018年12月18日火曜日

父の気がかり








これで、たいていの場合は、会話は終わりになってしまう。
もっとも、こうした返事を彼がいつもするとは限らない。
しばしば、彼は、木でできているかのように、
木のように長いこと押し黙っている。

フランツ・カフカ 『父の気がかり』より





高校の同級生にOという男がいた。

クラスの中では、
あまり目立たないタイプだっただろう。

けれども噛めば噛むほど…というやつで、
付き合いを深くするほどに妙な味わいを醸す男であって、
何だかんだでクラス内の隠れた人気者だった気がするし、
実際、僕自身も彼のことが好きだった。

とにかく変わった男で (僕も変人だったが…)
言葉でのコミュニケーションがいつも一つボタンを掛け違ったふうになってしまうのだ。

それがどうにも人をイラつかせるのであるが、
そのもどかしさが “疼き”となって不思議な快感を伴うのだからたまらない。
病みつきになる。

結局、僕らは高校生にして彼に一種のマゾヒズムを養われていたのかもしれぬが、
「本当に変わった奴は目立たず、一般市民のなかに紛れている」という
サイコパスと同様の定理を僕が見つけたのも、彼との交友を通してだ。


「そろそろ、髪の毛 切りたいな」

「Oは髪をどこで切ってるの? 美容院?それとも床屋?」

「…あそこね、多分、熱帯魚なんだよね…」

「……………………??」

こんなやり取りを憶えている。


決して饒舌なタイプではなかった。
むしろとつ弁な手合いだ。

そしてぽつり、ぽつりと、
慎重に言葉を選びながらトンチンカンなことを言うのだから ますます“疼く”。

頭は悪くなかった。それどころか哲学者を思わせる何かがあった。
言うなれば天才的な素養が強かったのだろうと今にしては思う。

思考が飛躍しているのだ。
思惟が会話のプロセスを何段か飛び越して口から出るのだろう。
彼の発言は、言うなれば言葉の“消える魔球”だった。

会話のキャッチボール中に魔球を放たれては僕らのコミュニケーション能力では
捕球できない。

当時 僕らは未だ缶蹴りなどをして遊んでいた。
無論 女性とのお付き合いなど考えたこともない。
幼稚だったのだ。


先ほどの会話の真意をひも解くと
いつも通っている美容院だか床屋だかには水槽が置いてあり、
そこには熱帯魚のような魚が泳いでいると、そういうことだったらしい。
結局、美容院か床屋かは分からなかったが。


ある日の下校時、何となしに昔の話をしていて僕は知ったのだが、
絵本や紙芝居などの代わりに彼は幼少時、
フランツ・カフカの物語を両親から語り聞かせて貰っていたという。

なるほど、彼の持つ漠とした後ろ暗さや、埒のあかない感じ、
交通不全のもやもや感は、たしかにカフカ的だと、
妙に得心する半面、少しゾッとする思いも半分だった。


英才教育や情操教育とも言うけれど、
やはり子供には子供らしい読み物をと、
僕は十代の時に思い知らされた。

子を得て、やがて僕も寝しなの物語りをこの子に聞かせてやるのだろう。
手に取る本はきちんと選んでやりたい。


高校を卒業してから、Oとはまるで会っていない。
現在、どこで何をしているのか全くの不明であるが
同窓会などにも全く顔を出さない僕にもその一因はあるだろう。
交通不全は彼だけではない。僕は人に連絡することが何より苦手なのだ。

きっと街ですれ違ってもお互い気付くこともないかもしれぬ。
逢っても話すことなどないかもしれない。

けれども彼の印象はカフカのイメージを伴って、僕の中に強く残っている。





息子にカフカを読むのはやめておこう。




































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