喫茶店のマスターというだけで
人生の哲人のような、凄い人のような気がしていたのだから、
少年期から何かしらの憧憬はあったのだろう。
今、こうして自分がなってみれば
マスターだからと言って、特に大したことはない。
こと僕に関しては。
高校生の頃だったろうか、
友人が喫茶店でアルバイトを始めた。
乗り換えで使う駅のすぐ側だったので
たまに顔を出したものだ。
モダンジャズの流れる、
喫茶店らしい喫茶店だった。
当時、ジャズの いろは も知らない僕だったが、
ジャズといっても色々あるということは何となく分かっていた。
ではジャズの定義とは何だろう?
どういう話の流れであろうか、
ある日、僕はマスターに尋ねてみた。
「何をもってジャズと言うのですか?」
喫茶店のマスターといえば人生の哲人であり賢者である。
きっと僕に道を指し示してくれるだろう。
彼はおもむろに口を開いた。
「では何をもって男女と言うの?」
……………
深ぇ!!
僕は若干 狐につままれたような感覚を覚えながらも
何やら含蓄ありげな問いに飲まれて二の句を継ぐことが出来なかった。
今にして思えば、きっと彼もジャズの定義など分からなかったのだろう。
ジャズ好きを標榜してみても、その知見は人それぞれだ。
ましてや生粋のマニアでさえ、
ジャズの何たるかを一言で言い表わせる者などそうはいないだろう。
ただ、ジャズという曖昧模糊としたものを
男女に落とし込んでみせた機知は流石であった。
・ ・ ・ ・
もしかしたら少年期の僕同様に
喫茶店のマスターを凄い人間だと思っている人がいるかもしれない。
よろしい。ヒマダ主人になんでも相談してきなさい。
全ての質問に僕はこう応えてあげよう。
「では男女の定義とは?」と。
深い!なんて思ってくれれば儲けものだ。
明言を避けること。
質問に質問で返すこと。
本題をすり替えること。
それが賢者の模範解答であると、僕はあの時、そう学んだ。
明言を避けること。
質問に質問で返すこと。
本題をすり替えること。
それが賢者の模範解答であると、僕はあの時、そう学んだ。
さて、喫茶店の店主になり、
それなりにジャズ好きになった今でもやはり、
ジャズの定義は分からぬままだ。
答えを求める必要はない。
あやふやって面白い。漠然って奥ゆかしい。
それがあの頃よりかは少しだけ賢くなって得た智慧なのだから。
ぬるめの珈琲が旨いのとおんなじだ。
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