2019年3月28日木曜日

古傷






あ、と思った次の瞬間には、
僕は自転車ごと渋谷の宙を舞っていた。

不注意のタクシーを避け切れず、
前方へと勢いよく投げ出されたのだ。

空中で「マジかよ」と呟やいたのを覚えている。
そしてそのまま路面に突っ込んだ。

身体中をしたたかに打ち付けたけれど、
意識ははっきりとしていた。

けれども、車内で様子を伺っているだけの運転手さんの態度が不服で
彼が声をかけるまで、しばらくは死んだふりを続けた。

そのあとは順当に。
お巡りさんが来て、救急車に乗せられて、病院に搬送。

流石にあちこち傷めていたけど、
骨折など大きな怪我はなく済んだのは幸いだった。





その事故で僕が得たもの幾つか。

・港区の総合病院の診察券 – セレブリティになったような気がして一寸嬉しかった。

・初めての救急車の中で撮ったセルフィーの記念写真。

・おでこの消えない瘤 – 雨が近づくと疼く。

・自転車に乗る時はヘルメットを被ったほうが良いという教訓。

・右手小指のつっぱり感と動作不良。


拳を傷めたせいだろう。
以来、右手小指の動きにぎこちなさが残る。

箸を持っても、ドリップポットを握っても、
いつも少しつっぱる感じがするのだ。

気にする程の違和でもないが、
ただここ何日か、この張り感が幾分強まり、若干の痛みを伴うようになった。

この繁く感じる痛みと不便が
今よりはそれなりに若かったひと昔前の日々を思い起こさせる。

もう都心を自転車で疾駆することもないだろう。

妻に言わせると古傷が痛むのは歳の所為らしい。
もしくは、昔を思い出すことさえも、歳の仕業なのかもしれない。


おでこの瘤も疼いてきた。
雨が近い。










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